教会所報  
あずまのひもろぎ1月号

 
 “はらから”デイトリップ


黒住教東京大教会所所属 Mさん

 

「おや、このシコリは何だろう。」

昨年の二月、右のどに固いシコリがあるのに気がついた。しばらくほうって置いたら、一ヶ月でみるみる増大し、四センチの大きさになった。まもなく、それは、食道側に侵出し、つばを飲み込むのもつらい状況になった。ひっきりなしに、タンが出る。とうとう我慢できなくなって、病院に駆け込んだ。検査の結果がでた。
「悪性リンパ腫ですね。」
担当医は、こともなげに言う。白血病とおなじ一種の血液ガンである。
「とうとう、来たか」
ついにいく道とは、かねて聞きしかど、の心境になった。「昨日、今日とは思わざりけり」

 避けたかったものの、やむを得ず、ついに抗がん剤の世話になることになった。毎月一回のペースで、都合六回点滴を打つ。抗がん剤は、毒物だから、造血細胞のような正常細胞も破壊してしまう。白血球は減少し、体はだるくなる。感覚が麻痺し、歩いていても、ビロードの靴でふわり、ふわりと宙を飛んでいる感じである。地面をしっかり、踏みしめているという感覚がない。
 そのうち、妙なことに気がついた。腹がふにゃふにゃになり、陽気が腹から溶け出しているようなのだ。力を込めようとしても、どうにも下腹に力がみなぎらない。
「これは、困ったぞ」
 人が死ぬとき、ふわふわした気体のような物が、へその辺りから抜けていくという霊能者の観察を思い出した。死ぬとは、陽気が抜けていくことなのだ、と思った。
と同時に、教祖神の御言葉を思い出した。
「下腹は、大磐石のごとく押し鎮め、気分は朝日のごとく勇ましくすべし」
 これだ、と気がついた。下腹に陽気を大磐石のように押し鎮めなければならない。そして、気分は、体がだるくても「難あり、あり難し」と勇ましく溌剌としていなければならない。
 それから、私の早朝の太陽鎮魂が始まった。この歳になるまで、太陽とともに起きたことはなかったが、病気のおかげで、朝日を拝む大切さを知った。

いまは、毎朝、五時半に起きて近くの公園に行き、準備運動の鳥船で丹田と大腰筋を鍛える。それから、昇る太陽の気を全身に受けて、口から太陽を飲み込み、飲み込んだ気を下腹に鎮めて、しばらく息を留める。丹田で、気を練ったあと、おもむろに足裏から地中に帰す意識集中をおこなっている。おかげで、丹田に気を張ることが楽にできるようになった。ものを考えすぎて頭に気が上ったときは、意識的に下腹に気を下すことが容易になった。大事なのは、「上虚下実」の体勢である。
 幕末の頃、教祖神の弟子たちは、錬丹の行を盛んにおこなっていたそうである。お互い、一本の棒を下腹で押し付け合い、腹の堅さを競ったといわれる。ご陽気修行や千度祓いを続けていると、下腹が鉄板のように堅くなるようであるが、これも錬丹の行のひとつと見ることもできる。

死に至る病を通じて、私は、感謝の深さに段階のあることを知った。頭での感謝、胸での感謝では十分ではなく、腹からの感謝が自然とあふれるようでなければならない。頭や胸が感謝を忘れていても、腹が感謝をいつも覚えている状態が望ましい。そして、最後に足からの感謝というのがある。足が感謝を覚えていて、自然と奉仕の気持ちで仕事に取り組む、その場その場でスイスイと困っている人を助けるということである。
 私は、まだ、頭と胸での感謝の段階にとどまっている。「難あり、あり難し」について書いたことがあるが、それはまだ頭の段階であった。大勢の道友が、私の回復を祈ってくれていると知ったとき、感動し、やっと胸での感謝を深めることができた。
 次の目標は、下腹に感謝を備える(そして供える)ということである。そのため、毎朝一時間、太陽鎮魂を行い、太陽神界にトリップする自己流のご陽気修行を続けている。
これを、私は、「はらから(腹から)デイトリップ」と名づけて楽しんでいる。


■トピックス

大勢のお参りをいただいた歳旦祭
◎歳旦祭(元日)

平成20年新玉の年の初め、元日よりお道づれが次々に初詣にお参りされました。
午後1時より歳旦祭が執行され、旧年の感謝と新年のお道づれ各位の家内安全・心身健固をお祈りいたしました。

献茶の儀
◎婦人会新年会(1月例会)

1月17日(木)、婦人会新年会が開催されました。
新年のご挨拶につづき、本年は黒住教婦人会東京支会結成50年の記念の年にあたり、6月22日(日)に岡山の黒住教本部より婦人会長をお迎えして、お祝いの会を開催することが発表されました。
また、婦人会員による献茶の儀が執り行われ、御神前へお供えした後、会員全員で美味しいお抹茶をいただき、楽しい集いとなりました。